日本での馬の利用。その歴史

マカロニウエスタンで、クリント・イーストウッドが荒野を馬で走る姿は、カッコよく、彼は大きく前後に揺れながら走っています。この走りは馬にとってはジョギングのような走りで、長時間走れます。アメリカ大陸の広大な荒野にむいた走り方ですが、騎乗する者は疲れます。

 

乗馬

日本の俳優は世界的に乗馬が非常に上手なことで有名です。時代劇俳優はもちろん、西田敏行さんのような個性派俳優も乗馬が上手です。彼らの走りはすべて、サラブレッドが馬場を駆けるのと同じ走法です。「ギャロップ」です。最高速度の走りですが、繰り出される脚の順はマカロニ・ウエスタンと同じです。

 

しかし、日本の時代劇では、速度が早いため、人体の共振周波数と馬の揺れが同期しないので、ほとんど揺れません。騎乗者はあまり疲れませんが、この走りを馬に行わせるには、背中を自由にしてやらねばなりません。したがって、腰を浮かせた乗馬体勢となり、騎乗者は大腿部だけに集中した筋肉疲労があります。

 

「前島密(まえじまひそか。日本の近代郵便制度の創始者、彼の業績で国際郵便ネットワークに日本の加盟が認められた。)」による初期の郵便制度時代では、「早馬」で速達がリレーされました。平地を時速70kmで駆けたそうです。東京、京都間を速達郵便物が一日で往復した記録があります。中継数の記録は不明です。

 

日本は、馬をスポーツに取り入れたのは明治時代ですが、途中で廃止されました。軍事用の「スペーサー」を「トロッター」に変更することは国力低下につながると考えたからです。
日本での馬は大部分が軍事用でした。農耕に利用されることはほとんどありませんでした。「厩(うまや)」という日本語がありますが、「馬小屋」を意味したことばではありません。日本のことわざに「馬子にも衣装」があります。この馬は山岳地の運搬労働に使役した馬で、動力としての「牛」では狭い山道を進むには適さなかったので馬が用いられました。人が馬に乗ることは滅多になかったのです。身分の高い「武家」だけが交通手段に使いましたが、それでも稀でした。

 

昔の馬は自然環境では蹄鉄(ていてつ)は必要ありませんでした。餌がエネルギー源摂取に特化したことから、蹄(ひづめ)を作る硬質タンパク質が弱くなり、これを解決するために蹄鉄が発明されました。
日本では、時代は下っても、馬を交通手段として使用する習慣がなかったため、「蹄鉄」の開発、使用は明治中期を過ぎてからです。軍隊用の馬に使われましたが、不足していたそうです。