ヨーロッパ人と日本人では随分違う、馬に対する気持ち。

ナポレオン

ナポレオン・ボナパルトが力強く前方を指差し、愛馬「マレンゴ」を駆る勇姿の絵画は有名です。画面の左下には何を意味するのか「BONAPART」と刻まれた岩があります。この絵画は、また、「嘘」であることも有名です。絵を見ればわかるとおり。サイズがデタラメです。ナポレオン・ボナパルトの愛馬マレンゴは「ポニー」ではありません。サラブレッドという言い方は誤りですが、「アラビア種」でした。

 

なぜ、このようなアンバランスなサイズになったかというと、書いた画家、ジャック・ルイ・ダヴイットがナポレオン・ボナパルトから命ぜられ「ロバ」を「馬」に変えさせられたからです。彼は他にも、ナポレオン・ボナパルトが乗馬する絵画はいずれも「アルプス越え」を題材に書いています。当時、ロバは「馬鹿者」、「うすのろ」の俗称でした。

 

ロバの実際の実力は、走ることは馬にかないませんでしたが、十分力強く、粗食に耐え、実用的だったので、そのことが「貧者」用の労働家畜とされ、下げずんで見られていたのです。しかし、登山などの過酷な労役では、燃費がよく、小型な「ロバ」が重用されており、ナポレオン・ボナパルトも自分の愛馬を使用せず、「ロバ」でアルプス越えを挙行しました。勇姿として描かねばならない「偶像絵画」に「ロバを駆るナポレオン・ボナパルト」というわけにはいかなかったのです。残念ながら、このことは後で知られたことではなく、この絵を見せられた当時の民衆は始めから「捏造」であること知っていました。だから、これらの絵画は、むしろなかった方がマシだったのです。いつの世も、頂点に君臨する者は、その辺を見失うようです。

 

この絵画とほとんど同じポーズで描かれている、戦場の「ジャンヌ・ダルク」も馬が勇ましく描かれています。この絵に至っては、彼女は右手にソードーを、左手に旗を持っているので、手綱(たずな)なしで死にゆく兵士を飛び越えて駆る勇ましさです。

 

ヨーロッパ人の馬に対する気持ち、考えは日本人とは随分違うようです。

 

日本の戦の様子を描いた絵画には、一人の勇者や武将が戦いの中で馬を駆るクローズアップはありません。絵画に「躍動的な馬」が人を載せている姿がモチーフにはなりませんでした。残されている戦いの様子の絵画はほとんど、「俯瞰図」のように、戦(いくさ)全体がモチーフとなっており、また、戦いの「陣形」を後世に残すことが目的のように描かれています。僅かに残されている、馬に跨る武将の絵画は、どれも「戦う現場」ではなく、勝利が決まったあとの「凱旋」の模様しかありませんから、躍動する馬が書かれることもありませんでした。

 

 

当サイト運営者の姉妹サイトです!

 

引っ越し料金を安く済ませたい、半額になるような日取りを選びたいなら、土日よりも平日のほうがお得です!
平日と休日の引っ越しは…
http://www.heijitsu-yasui.com/
引越しが安いのは平日。もうひとつ重要なポイントは…

馬の戦闘モード走り「スペース」

馬に乗った銅像

「ナポレオン・ボナパルト」、「ジャンヌ・ダルク」も同じですが、躍動する馬の姿は、駆ける姿ではありません。跳躍の瞬間が描かれています。これは、馬が駆ける様子がはっきりわからなかったからです。馬が走る様子は明治10年まで確認されていませんでした。音は「パカラン、パカラン、パカラン」と聞こえてはいたでしょう。ここで言う「馬が駆る」ことを「襲歩(しゅうほ)」と呼びます。馬が最高速度で走る時の足運びです。英語では「gallop(ギャロップ)」です。

 

その、ギャロップを世界で初めて捉えた人物は、イギリス人写真家の「エドワード・ジェームス・マガーリッジ」という人物です。彼は動画撮影にも成功しています。1878年6月15日でした。
彼が、なぜここまで馬の走りにこだわったのかは、私には良くわかりません。彼のこだわり方は尋常でありませんでした。馬が走るとき、4つの足のすべてが地面から離れる瞬間があるかないかが議論になっていました。その背景は知りません。とにかく、それを解決せねばならなかったようです。それを証明するには写真が必要でした。彼は、異常なエネルギーで臨んでついにその瞬間の撮影に成功したのは、1877年7月1日です。また、彼は、スタンフォードに住む医師である友人「スティルマン」を馬にまつわる著作について、名誉毀損で訴えています。

 

馬は、日本でも、大陸でも戦闘に使用されました。馬上から弓を射る必要があり、調教によって、戦闘用の「走り」が開発されました。
馬の通常の歩く動作「常歩」で、速めに歩く「速歩」は、長時間、かつ、常歩よ早く走行できる歩き方です。馬にとっての自然な速歩は前足と後ろ足が対角線関係でペアで動きます。「斜対歩(トロット)」と呼びます。この走り方で走る馬を「トロッター」と読んでいます。ヨーロッパの馬はほとんどこれです。

 

一方、軍隊はこの歩みを調教し、前後の脚の動きを左右ペアで行わせます。「側対歩(スペース)」と呼びます。この走りの調教が行われてた馬を「スペーサー」と言い、日本の軍馬はすべてこの形に調教で改良しました。この歩みは騎乗者の体が上下に振れないので、馬上からの弓矢の操作や、射撃に向いているからです。初めに開発したのは、モンゴル人です。

 

スペーサーは馬にとって不自然であるため、トロットより早く走ることはできません。
映画「ベン・ハー」で有名な戦車レースでは、トロットとスペーサーを分けて競技が行われ、イギリス、カナダ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドでは現在もこのルールで競技が行われています。

更新履歴